働くデフレーゼ!女性目線のマーケティング

デフレ時代を賢く生きたい生活者として、長年企業で働く女性として、日々の暮らしや仕事でふと感じたり、こんなものがあればいいのに!と思ったことを綴っていきます

対面より電話が優先されるのはなぜ?打合せ中に電話に出て、話し出す人の心理。

私は打合せ中の電話が好きではない。これは社内での打合せ中、相手の携帯にかかってきた(仕事の)電話に出て話し出されてしまう、そういうシーンのこと。

真剣な話の最中でも、その電話で強制的に中断される

「あー、それだけどね…」とか話しながらその場を離れてしまい、こちらは取り残される。しばらくして戻ってきて「ごめんごめん。で、何だっけ?」になる。

ひどい場合は何度もかかってくるたび応対し、さらにその電話に対処するためその場で別の人に自分から電話かけたりして、相手にとって目の前の私はいないのと同じ状態、なんて時もある。

他所でも日常的によく見かけるシーンだ。

放っておかれてすねてる。って面もあるだろうけれど、それよりも時間の無駄!という思いの方がずっと強い。

これが電話でなければ、会議室にいきなり誰か入ってきて、緊急でもない話をこちらを無視して話し込むなんて、そうそうないはず。なのに電話だとなぜか許される。電話の方が対面より優先みたいな空気があるのはなぜだろう。
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事前にアポをとり、打合せ場所を確保し、資料を揃え、どうすれば理解してもらえるか話の筋書きを組み立て…など事前準備して臨んでいるこちらにしてみれば、別に緊急でもないその電話で話の腰が折られ、貴重な時間が奪われ狙いが成就できないことに良い気分はしない。

しかもそういう時は、相手も集中していないから記憶も曖昧になりがちだ。にもかかわらず中途半端にわかっている気になっているから、かえって始末が悪い。

勘違いや認識に齟齬が生じ、後日さらに無駄な時間を消費することにつながる。

働き方改革で生産性向上とか言うなら、日常のたかが電話も打合せも、もう少し意識してもいいのではないか?と思う。

こういうのは概ね、位置関係で上位層の人間がやりがちだ。

打合せ中、誰かからの電話で中座ばかりしているのがもし部下だったら、先にその電話の内容を片づけるように言うだろう。もし急がないならその旨相手に伝え、こちらに集中するよう言うだろう。

でもこれを上位層にやられると部下は言い出せない。もしくはせいぜい「お忙しそうなので打合せ中止しましょうか」など嫌味を言うのが精一杯。でも「あー、いいのいいの。」全く気づきもしない。つまりその程度の電話ってことじゃない。

上位層は肝に銘じた方がいい

そういう行為は「あなたなんかより電話の相手の方が大事」「本当は嫌だけど仕方なくあなたにつきあってるだけ」というメッセージを目の前の相手に伝えているのに等しいことを。

そんな大げさな。そんなこと思ってもいないよ。かかってきた電話なんだから仕方ないじゃない!と言い張るだろうけど、つきつめればそういう心理が奥底にあるからこそなのだ。

悪意はなくても、相手に敬意も尊重もなく軽んじている、もしくは甘えている。そういう人は、目の前の人がもし社長や大事な得意先の人(自分より上位層)だったら、電話がかかってきたって、きっと出たりしないだろうから。

中には「今打合せ中で、かけ直します」といってすぐ切ってくれる人もいる。

先日打合せした役員は電話に出もしなかった(マナーモードでコール音もしなかった)。ちゃんと目の前の自分を尊重し、仕事に真摯に向き合ってくれていると感じ、それだけで信頼感と好感度がアップした。単純。

実際はどうあれ相手がどう感じるか。そんな些細なことで人のコミュニケーションや、業務生産性が左右されるのもまた事実。

あんのでした。

意識の力。咳をしてはダメ、だから咳をする。

たま~にクラシック演奏会に行った際に必ず遭遇するシーンがある。

楽章と楽章の間のわずかな時間に、会場中のあちらこちらから一斉にゴホゴホと咳払いがおこること

異様なまでの咳の多さに何やら少し居心地が悪くなるほどだ。

咳払いした人たちは、別に皆が皆、風邪をひいているわけではないはず。

そうではなく「演奏中は静かに聞かなければいけない」という意識や、「すぐに次の楽章が始まり、そしたらまた当分咳はできなくなる」という緊張感から、別に喉の不調などないにもかかわらず、咳がしたくなってしまう心理咳をしておかなきゃ、という強迫観念

普通にテレビを観ている時は、CMの間にあんなに咳払いしまくることはないはず。
部屋でひとりでクラシック音楽聞いていても、楽章の間に咳はしないと思う。

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以前読んだ心理学の本にこんな内容のことが書いてあった。

「今、動物のキリンを想像しないでください!」

でもそう言われてキリンを想像(イメージ)しないことはできないらしい。言われたその瞬間にその対象をイメージしてしまう。

ということは「××しないで」と「××しなさい」は、意識の上ではほとんど同じ

クラシックコンサートでは「静かにして音をたててはいけない」「咳をしてはいけない」と意識するから、実際に咳がしたくなってしまう。

「ダイエットしなきゃ!」「食べてはいけない!」と意識するから、何か余計に食べてしまうあほな自分。ってやつもこの心理の罠ですね。

では、今「レロキッシソ」を想像しないでください。

さて、今あなたは「レロキッシソ」を想像してしまいましたか?

・・・。

「ってか、それ何?」ですよね。だって今私が適当に思いついたデタラメな単語だから想像しようがない。

何か、物や現象や概念を見知っていて、それに固有名詞がついてはじめて人はそれを認識できる

キリンや咳やお菓子は知っていて、それに名称がついているから瞬時にイメージできるけど、「今、cough(カフ)してはいけない」と言われても、この英単語を知らなければ、多分  (cough) はしたくならないだろう。

意識・認識の力ってすごいですね。

クラシックコンサートも、もう少しリラックスして聴ける環境だったら、咳払いをする人が激減するのでしょうね。

あんのでした。

1年かけてコンプリートさせる、壁掛けカレンダー!

今年も、来年のカレンダーを準備する季節がやってきた。

以前、年末には多くの店頭で「ご自由にどうぞ」とロゴや宣伝の入ったカレンダーを配布している光景が随所で見られた。

また、お得意様に今年お世話になったご挨拶として、筒状に巻いたカレンダーを紙袋いっぱいに持った営業員と思しき人を電車でもよく見かけた。

そのカレンダーは、美しい風景や花、その会社がCM起用しているタレントの写真など結構豪華、紙質も上質なもので、そういうカレンダーが手に入るとうれしかった。

1年中それを見て過ごし、月替わりにめくる一瞬は、次はどんなかな?とちょっと楽しい。

今も配布している店や企業はあるが、その数は随分減ったように思う。いただけても、以前と比べると小さな卓上型に、それも簡易なものに変わっていたりする。

やはりリアルコミュニケーションに使う経費は削減され続けているのだと感じる。

いくらデジタル化が進んでも、やはり紙の大きなカレンダーは日々の生活では必要便利なもの。

書店にも様々なタイプのものが売られているが、「素敵だけど2,000円かぁ…」と躊躇しつつ(デフレーゼだからね)、100円ショップに行ってみた。

結構いろいろあるじゃない!ただ、大きいものは写真やイラストも何もない、日だけが大きく書かれた、全体的に白い印象の極めてシンプルなものだ。紙質も多少落ちるが、何しろ100円だしな…。
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そこで考えた。

このような大き目シンプルカレンダーを、1年かけて完成させていく新しい楽しいカレンダー!

日めくりカレンダーは、1年分から毎日1枚ずつめくって(破って)今日の日付を示すけれど、これはそれと逆。

毎日1枚ずつ、前日の日付の枠にシールを貼っていく。今日が4日なら3日を隠すように上からシールを貼る。日の枠いっぱいの大きめなシール。すると見える4日が今日ということになる。

シールはきれいな写真やイラスト、アニメキャラクタなどをシリーズで揃えたものを毎日1枚ずつ貼っていき、1カ月や1年でアイテムコンプリート!

少し厚めでキラキラ光るシール素材など色々あるから、そういうものを毎日貼っていくと、元の紙質が多少悪くても、デコってるみたいに日々カレンダーが豪華になっていく。インスタ映えオリジナルカレンダーってとこかな。

全部貼り終えたら1枚の絵や写真が現れて、好きなデザインのポスターになるバージョンもいい(ジグソーパズルみたいに)。

孫や家族の大きな写真シールを分割カットしたものを、おじいちゃんおばあちゃんに贈って、毎日貼っていく楽しみを。写真館や結婚式場あたりもオプションサービスでやりそう。

プリクラ、街の証明写真機、コンビニコピー機などに、このシールカードを出力する機能を付加すれば(簡単なはず)、インフラはすでにいくらでもある

だからゲームアプリ、例えばPokémon GOとタイアップして「獲ったポケモンと同じカードシールがコンビニでGET(出力)できるよ!」みたいにすれば、

リアルとバーチャルの両方で収集・コンプリート癖をかきたてる。一層レアポケモンを入手したくなるから、ゲーム熱も長く続くでしょう?

平成の後が何という元号になろうと問題ない。決まったらそういうシールつくればいい。訂正部分だけシールにするから恰好悪いけど、最初から全部シール貼ったら完成、という形なら問題ないじゃない?

あ、でも曲がって貼ってしまっても大丈夫なように、貼り直せるシールにしてね!

あんのでした。

働き方改革で、夜もサクサク「ピット飲食」?

「ランチどこ行く?」と同僚と店を決める際、午後一番で会議とか、アポの移動があるので休み時間をフルに使えない時に、「サクッと」とか「サクサクで」などと言う。

「時間があまりないから、並ばずにすぐ入れて、待たされずに注文が出てくる店に行こう」という意味がこの4~5文字に入っている。

12/12、リクルートホールディングスが発表した2018年のトレンドを表すキーワードのひとつに「ピット飲食」というのがあった。

美容・人材派遣・飲食・住まいなど8領域の新たな兆し 2018年のトレンド予測を発表

これは、自動車レースの、ピットに入って短時間で整える「ピットイン」と「飲食」のかけことばで、

働き方改革ワークライフバランスなどの掛け声のもと、残業を減らして早めに仕事を終えるようになり、仕事後の予定や副業に行く前の隙間時間にサクサクっと軽い飲食でモードチェンジするニーズが高まっていることをそうネーミングしたようだ。f:id:anno1532:20171215233324p:plain
従来、遅い時間帯にはやる店(バーなど)も、そういうニーズを見越して、ライトで安価な食事やアルコールメニューで、早い時間帯の新たな需要を掘り起こそうという動きが来年、より活発化してくると予想しているようだ。

でも結構前から、牛丼屋やファミレスなどでは安価なちょい飲みメニューの提供が始まっていて、仕事帰りとおぼしきひとり飲食が今は当たり前になっているけど。

飲んで長居するわけでなく、次に行く前のサクサク、ってところが違うということなのかな。でもなんか、夜も忙しそうですね…

じゃあランチも今後こう言うようにするかな。
「ランチどこ行く?」「ピットインで」・・・う~ん、やめた。

実際のF1レースでは、チームクルーがドライバーにピットイン指示するとき、「Box、Box Box」って言ってるしなぁ。

「ねえ、ランチどこ行く?」「ボックス」・・・このほうが個人的には好きかも。

あんのでした。

働く私の神家電、ドラム式自動洗濯乾燥機

現代の家電「三種の神器とは、ロボット掃除機、食洗機、全自動洗濯乾燥機、の3つのことらしい。

前2つは持っていないけれど、働く女性として、私が最も助かっているのはドラム式全自動洗濯乾燥機!

朝、予約セッティングして、仕事から帰ってきた時にはできあがっている。当たり前?手抜き?、どう言われようとも、私にとっては神家電

以前は、乾燥機能のない普通の縦型洗濯機を長年使っていた。

脱水時には洗濯機ごとガタガタ揺れて大きく音をたて、排水管の音も夜だとかなり響く。マンションの階下に迷惑なため、20時頃には洗濯終了するように予約をして出勤。

でも残業で夜遅くなり、帰ってみれば、洗濯機の奥底にシワシワ・表面だけカピカピになった大きな洗濯物の塊。「あー、洗い直し!」

もう夜中だから、翌朝再度予約し直して出勤。でもその日も深夜残業…シワシワ・カピカピ。「あー、また洗い直し…」

このうんざりデジャブが月曜から木曜まで4日続いた時はさすがに情けない思いだった。

仕事は忙しく、洗濯物を干すために早くなんて帰れない。帰りの電車の中では、ただでさえ疲れているのに、帰った時のシーンが脳裏にうかび気も重い。

だから転居時は、新しい洗濯機を置ける防水パンの広さも部屋探しの決め手のひとつとなった。
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実際に洗濯乾燥機を使ってみると、

干す手間もなければ取り込む必要もない。洗濯機から出したほんのり暖かい洗濯物を、そのまま軽くたたんで引き出しや棚にしまい終了・・・感動。(もちろんアイロンの必要なものは別)

だから外干し時に天候の急変にやきもきする必要もないし、部屋干しの洗濯物が室内にぶらさがっている生活感も、気になる臭いもなくなる。

2台目に替えたらさらに進化していた。

洗濯して干したものより、乾燥機を使った方がずっと柔らかいのには驚いた(特にタオル類と肌着)。

予約時間を大きく超えて帰宅したときも、冷えてしおっとしてしまわないように、時折り回ってふわっとした暖かさを保ってくれる機能もついていた。

もう洗濯物のために帰宅時間を気にすることは一切なくなった。これが働く女性(男性も!)の味方でなくて何でしょう。

って、なんか思い切り、洗濯機屋の回し者みたいになってるけれど、家事と仕事のバランスにおいて本当に助かっているのだから仕方ない。

でもデフレーゼあんのとしては、そうは言いつつあまりコストがかかるのは許しはせぬ。

日常の衣料品はもちろん、シーツ・カバー類、厚めのジャンパー、布製バックも(ネットに入れて)洗濯機にポイっ。ドライマークタグの日用衣料も問題なく洗えてるから、洗濯機を買ってからクリーニング屋にはほとんど行かなくなった。それだけでも結構元がとれる。

クリーニングに出したら1回何千円もかかる厚手のカーテンや、毛布や掛布団も、ちょっと汗や埃やダニが気になったらすぐ丸ごと洗え、普通とそう変わらない時間でホカホカに乾燥

だから、ひとりorふたり暮らしでも10Kg程度の大きめのを買ったほうが、価格は少し高くても、その便利さと何年も使った時の費用対効果は高いと思う。(小さいと布団やカーテンが入らないから)

ちなみに私は、最新機種が出たあとひとつ型落ちの(でも機能はほとんど変わらない)機種をかなりお安く調達。

その2台目は、乾燥音も小さくなり、洗濯~乾燥までの時間も短くなっている。節電機能も向上しているのか、電気代は少し安くなったかも(調子に乗って洗濯回数が増えたけれど)。

正直言って、日本の白物家電は、働く人間のことをあまり考えていないのではないか?という不満を長いこと持っていた。

1台目のドラム式を買った頃はまだまだ「全自動洗濯乾燥機は、小さい子供のいる家庭の専業主婦が使うもの。」のイメージでしか機能設計していないのではないかと、便利ながらも結構不満に思うところがあったけれど、今は随分と改善されてきて、メーカーの変化を少し感じる。

次に期待するのは「自動アイロン機」。アイロンの進化版じゃなくて、全自動洗濯乾燥アイロン機ね。至急開発のほど、よろしくお願いします!

あと5月にも書いたけれど、「お風呂用ロボット掃除機」もまだですか~?

あんのでした。

ビル解体をエンタメ化。通行人が避けて通る場所から、観に行く場所に。

日本の建築・建設技術というのは本当にすごいなー、と素人ながらに感嘆することが多い。免震・耐震技術、暮らしを快適にする技術…日々進化している。

建設と言うと、建てていく方につい目がいきがちだけれど、実は、ビルなど建築物の解体技術、これがまた世界的に大変優れていると聞いた。

世界のびっくり映像みたいな番組で、どこかの国で、高層ビルを爆破して一気に倒壊させる派手な解体シーンを見たことがある。ものすごい砂埃が舞い上がり、どれだけ大音響なのか想像がつくような映像。

狭く密集の高い日本の街中でそんな解体の仕方は、危険すぎてまずしないし、許されない。

解体と一言で言ってもいろいろな工法があるようで、

建設中のビルがどんどん高くなっていく映像を逆回転させたみたいな、高層ビルが徐々に背が低くなっていき、気づかぬうちに解体されている、だるま落としのような工法とか、

またガスや石油タンクのような球形建築物を、天井から渦巻状に切断して、長細い切断部分がたれ下がっていく、まるでリンゴの皮むきをしていくような工法など、

各社が、より安全と効率を目指して様々な技術を生み出し、しのぎを削っている。

でも私たちが通常工事現場に抱くイメージは、楽しいとか親近感といったものとはほど遠く、「工事早く終わってくれないかなー」程度の感覚しか持っていないのが普通ではないだろうか。

それって、なんだかもったいない気がする

どれだけ高度な世界に誇れる技術が今目の前で行われているのか、この職人さんたちがどれだけ格好いい仕事をしているのか、といったことを、建設土木業界はもっと世間にアピールしていってもいいのでは?

でも、いくら高度といっても、ただ単に技術的な説明を延々とされても(特に多くの女性は)あまり興味を覚えない。

なので、たとえば、ビル解体作業現場の外側を囲っている防御壁(?)にAR(拡張現実)マーカーをいくつかつけて、それをスマホでかざせば(ウエラブルでも)、解体中のビルの現役の姿や、解体後の新たな建設予定のビルもARで見れる。というのは?(もちろん安全を確保した上で)

NHKブラタモリで毎回、その場所が江戸時代どんなだったか、風景や建物をCGやアニメによって再現して、最後に現在の風景と重ね合わせる演出がある。10数秒程度だけどタイムトリップしたような気分になるあの感じ。あれを工事中の建物でやる。
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他にも、建てられた時代背景、このビルで過ごしてきた人たち(テナント)、ビルが見ていた風景とその街の変化などが、スマホをかざすと音楽つきの動画で見られたら(こちらはQRコードでいける)、ちょっと切なくて、でも少しだけ身近に感じられるかもしれない。

そして、世界に誇る解体技術、キーとなる作業日の現場リアルタイム中継(解体ショー!)とか、連日いろいろなプログラムが行われていたら、街中の工事現場でさえ、ちょっと面白いスポットになるかもしれない。

一種のエンターテーメントとして、通行人が避けて通る場所から、観に行く場所に変貌させる。

危険と隣り合わせで戦っているのにそんなチャラチャラにつきあってる時間はない、そんな甘いもんじゃない!とかいう反論も聞こえてきそうだけど、

でも今、職人が足りない2020年東京オリンピックに向けこの業界は人手不足。ビルだけでなく、道路や橋梁など50年前のインフラもあちらこちらで老朽化が進んでおり、対策していかなければならないのだけれど人手が足りないと言っている。

周辺住民の理解がより進み、この職業は面白そうだ、やりがいがありそうだと思って、職人になりたい若者が増えるような試みのひとつとしてのトライアル。

ビルオーナーが個々でがんばる、というよりも、建設から解体までの一生涯をメモリ化する新たなサービス事業形態を、不動産デベロッパーと建設各社、場合によっては都市計画などにも組み込んでいくような、新たな試みに広げていくことを考えてみたらどうでしょうか?

あんのでした。

「経費削減!」「働き方改革!」社内ポスターって、どれだけの効果があるの?

ふと社内を見渡すと、あちらこちらに様々なポスターが貼ってある。普段、目には入っているのだろうけれど、風景の一部になっていて、改めて意識して見てはいないことに気づいた。

ポスターの目的は、認知させる・記憶に残すといったものだけれど、実際には一体どれだけの効果があるのだろう。

よほど面白いとかインパクトあるポスターであれば話題になったりもするだろうけれど、逆にその話題性の方が内容を陵駕してしまい「で、あれって何なんだっけ?」みたいなこともよくある気がする。(TVCMでもありがち)

オフィスに貼られているポスターの中で、今期の目標とかイベント告知などは、具体的でまだ目に入るけれど、「経費削減!」とか「〇曜はノー残業デーです!」とか、最近は「働き方改革!」なんてのも。従業員の意識やモラルアップを促す、概念的なポスターも結構貼られていて、それらの効果について少し疑問に思った。

これって自社だけでなく、多くの企業にお邪魔した際、皆同じような風景を見かけるからどこも同じなのかもしれない。

特に意識していなくても目に入るだけで多少効果があるはずだから、ポスター全てが無駄とか不要だとは思わない。

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ももし本当にそこで訴えている内容を徹底的にやらなければならない、やらせなければならないのであれば、対象者全員にタイムリーにメールしたり、管理者層の人事評価に組み込んだり、システム的に実現を図るなど、やりようは色々あり、また、それぐらいやらなければ、掛け声だけではなかなか実現できないものだと思う。

その中でポスターでなければいけない理由は?とよくよく考えると少しわからなくなった。

ポスターは効果が測りづらい。それは社内の誰に向けたメッセージで、その対象の何%がいつ何回そのポスターを見て、その結果、その通り行動を起こしたかどうかの効果が測れない。

中には、作成部門がいかにも「仕事しました」の主張ためにやってる感が否めないといったものも正直ある。

もしポスター自体かその周辺にカメラがついていて、最新の自動販売機やデジタルサイネージのように、顔認証と視線の動きにより効果を測定できるようにすれば、定量効果が測れて対策も打てるけれど、「経費削減」を訴えるポスターにそこまで経費かけるか?ってね…。(苦笑)

電車内や駅構内なども徐々にデジタル広告に移行しつつあり、紙広告は今後、減少傾向が続いていくのだろう。

人が通った瞬間、カメラで性別や年齢を推定し、その時の天候・気温などにも対応して広告を変化させるといったマーケティングを志向し出してきているから。

「暑くてもアイスコーヒーよりホットを飲みたい私には、表示される冷たい飲み物の提案なんて通らないけどね!」なんて高をくくっている今だけど、近い将来、デジタルサイネージの前を通った瞬間、もし35度の猛暑日にホットコーヒーを提案されたら、ぞーっとしちゃいますけれどね。(そこまで瞬時に個人認証&個人情報把握されてるのか!ってね)

あんのでした。