働くデフレーゼ!女性目線のマーケティング

デフレ時代を賢く生きたい生活者として、長年企業で働く女性として、日々の暮らしや仕事でふと感じたり、こんなものがあればいいのに!と思ったことを綴っていきます

30数年後も、毎日5階まで階段を上り下りできると思っていたの?

高度成長期後、マイホームを夢見て働き続け、やっと団地やマンションを手に入れた世代が、後期高齢者となった今もまだそのまま住んでいる。

子供たちはすでに中年期。実家とは遠く離れて、自分の家族と暮らしている。
時々遊びに来ていた孫たちもすっかり大人になって、もう祖父母の家にはほとんど寄りつかない。

購入時は最も人気があり価格の高かった上層階から順に空き家になっている。
(低中層建築物のため4~6階が最上階)

この時代はまだエレベーターの設置が義務化されていなかった

国土交通省資料によると、4~5階建マンションにおけるエレベーターは、
1971~1980年までで12%、その後1990年でもたった34%しか設置されていないという。

愛着深い我が家を手放したくはないし、環境を変えるのは大変、資金的にも今さら引っ越せない。
そうして時が経ち、ほとんど高齢者ばかりになってしまった低中層マンション。

足腰が弱り、骨折や痛みや病気を抱え、それでも杖をつきながら、時間をかけて、痛みをこらえつつおぼつかない足取りで4~5階分の階段を上り下りしてやっと外出する。

それでもまだひとりで歩ければいい方で、介助が必要だとそう簡単に家からも出られない。
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築年がかさみ、建物に様々な問題点が出てきても、全面的な建て替えや、大規模改修したくても資金的に困難で、実際にはできていないところがおそらく多いと思う。

せめてこういった建物に、昇降機(エレベーター)をつけられないものだろうか?
外階段の改築だけで済む、一人乗り用でもいいから簡易な昇降機がつけられたら…。
もしくはレンタル建機の昇降機を、そういうマンション用に利用できないだろうか。

そうすれば、少しは通院や買い物のための外出が楽になるだろうし、
住人だけではなく、重い荷物を配達する業者や、介護者にとっても助かるはず。

でもその財源はどうする? 住人の年金から? 税金から?

30数年前、宮城県沖地震(M7.4)の教訓から新耐震基準が設けられたのは有意義だったけれど、階段がないことで後にこうなることは全く予想していなかったのだろうか?

おりしもマンションブームとバブル経済に沸いていた日本は強気で、どんどん新しく建て替えればいいじゃない!みたいに軽く思っていたのだろうか。でも、1991年にバブルが崩壊した。

あんのでした。

VRで、遊園地からジェットコースターがなくなる?

遊園地やエンターテーメント施設は今後、VR(バーチャルリアリティの登場によってずいぶんと変わってしまうだろう。ほとんどリアルといえるような疑似体験ができるようになっていくのだから。

NTTが、VRによるバンジージャンプなどを想定した、娯楽サービス向けシステム技術を遊園地や劇場などに販売するという記事がでたけれど、

VR、遊園地や劇場に販売方針…NTT社長 : 経済 : 読売新聞(YOMIURI ONLINE)

今後VRが進化していけば、もうジェットコースターなど絶叫マシン(実物)は存在しなくなるかも。
人は室内で椅子に固定され、その椅子が上下左右に動き、その動きに伴い変化するVRな景色と、横Gや風圧を同時に体験できれば、乗っているのと同じだから…
(もしかしたら椅子が動く必要すらないのかもしれない)
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そうなっていけば、遊園地や娯楽施設に巨大な遊戯機器の設備投資は不要になる。
だから広大な敷地(土地)もいらない
遊戯機器の保守メンテナンス費用も、それを毎日行う人件費も不要になる。

その分、より精密な動きが必要なVRシステム(ハード・ソフト)と、その保守費用に巨額な予算が費やされることになる。

VRだから、怪我をするような事故のリスクは軽減されるし、入園者数も天候に左右されなくなり、施設運営も安定する。施設賠償に係る保険も変わるだろう。

今の施設で言えば、例えば富士急ハイランドというよりは、ジョイポリスの進化版みたいなものになっていくのかもしれない。(セガサミーは今年、赤字のジョイポリスを香港企業に売却してしまったそうだけれど…)

ハウステンボスや他施設でも徐々にVRアトラクションが増えてきているけれど、今後、リアルとバーチャルのエンターテーメント融合が生き残りの鍵になるのだろう。

VR技術もどんどん進化していき、よりリアルに体感できるようになれば(もちろん酔わない技術は必須)、今まで現実的には無理だった、人が空を飛んだり、宇宙に行ったり今まで体感したことのないことも簡単にできてしまうのだろう。

以前観たSF映画の世界に、現実がどんどん近づいていく

ただ、明るい太陽の下、家族やカップル、学生たちなどで賑わう楽しげな遊園地の雰囲気。轟音と共に頭上高くから落下するジェットコースターと、乗客のキャーッという叫び声を、地上でソフトクリームを食べながら笑って見上げている、ほのぼのとしたあの感じ、あのリアルな遊園地がなくなってしまうのは少しさびしい気もする…

あ…でもその感じすら、この先VRで作り出されていくのかもしれない…。
「現実」って何なのか、わからなくなってしまうのだろうか

 あんのでした。

子供たちが、身に着けておくといいこと

子供たちよ、毎日椅子取りゲームをして遊びなさい。
満員電車でたまたま空いた席をすばやく見つけ、その瞬間に座れる俊敏さを身に着けておくといい。

子供たちよ、毎日鉄棒で斜め懸垂をして遊びなさい。
満員電車で、つり革を持った体が怒涛の勢いの人々に押されて、体は斜めになりながらも握った手は絶対放さない、握力と背筋や腕の筋力を身に着けておくといい。

子供たちよ、毎日おしくらまんじゅうをして遊びなさい。
満員電車で、何もつかまるものがない状態でもみくちゃになっても、倒れない踏ん張る力とバランス力を身に着けておくといい。

でも子供たちよ、
電車で席に座りたいなんて思わない、ラッシュなんてたいしたこともない体力強いメンタルを身に着けておく方がもっといい。

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ただ…君たちが社会人になる2030年前後には、きっともう「ラッシュ」なんて存在していないね。

その頃には、今みたいに朝夕電車で通勤するような形態ではなくなっているだろうし、

日本の生産年齢人口は、すでに1995年のピークから減少していて、この先も減少の一途をたどる

一昨日も、さらに少子化が進んでいるというニュース。
去年の出生率1.44 出生数初めて100万人下回る | NHKニュース

子供たちよ、ラッシュはなくなっても、将来、どんな状況下でも、強く生きていくための、健康体力強いメンタルはやはり身に着けておくといい。
そう、それが一番。

 

あんのでした。

 

業務用食品機械を、自分で操作する付加価値サービス

この数年、スーパーなどに様々な種類のカット野菜がどんどん充実してきている。

サラダ用だけでなく、野菜炒め用、カレー用、豚汁用、青椒肉絲用、BBQ(焼き野菜)セット、他にもいろいろとあって、「へぇー、今はこんなのあるんだ。」と感心しながら眺めている。

残業などで帰りが遅くなっても、食事の準備が時短になるし、生ごみも減るので重宝する。

ただ、そのパックにたったひとつでも苦手な食材が入っていたら、それを捨てることになってしまうので買うのは躊躇する。またその食材の組み合わせ分量、バランスも満足いかないものもある。

そこで妄想する。

スーパー(バックヤードではなくレジの近く)に業務用の食品機械が並んでいて、レジで購入後、自分で操作できたらいいな。
(近くに、指導員兼メンテナンスの人がひとりいてくれると安心)

TVでみた業務用の食品機械って、とても新鮮で面白い。
家庭用のものと違って、とにかく早くてダイナミック見ていて感動する。

購入した野菜、たとえばジャガイモや蓮根や里芋、カボチャなどを、業務用皮むき器にポイと入れると、あっという間に皮むきされて出てくる。

次にスライサーにポイ。これも一瞬で適度な大きさに切り分けられて出てくる。

好きなものを好きなだけ、色々な食材を一気に下ごしらえできて、
必要ならば最後にそれらを真空パックできる機器も置いてある。

日曜に食材を買ってこれらで下処理しておけば、週明けからの忙しい平日の夕食に使える。

過去には、ちょっとした家庭用調理器具をいくつか買ったこともある。
確かに便利なのだけれど、調理後は皮やカスが狭い部分に詰まって、都度のお手入れが結構大変だった。
また、調理中の作業スペースや電源コードの関係などで、置き場にも少し苦労。
用途別に何種類か付け替えられる着脱可能な鋭い刃の部分は、洗う時・乾かす時、「刃に触れないように…」と少し緊張した。

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結局いつのまにか、包丁に戻ったり、普通のピーラーで皮むくほうがささっと手軽で、そのうち機器は使わなくなり、どこかにしまい込んだまま…

こういった、家(キッチン)での置き場や面倒な後始末にかかわる問題を解決できる、
スーパーの新たな付加価値サービスにできないかな?

スーパーだと大がかりすぎるというなら、セルフサービス式カフェではいかがしょう

カウンターで、リンゴや梨やパイナップル、好きな果物を選び、業務用皮むき器にセットしてボタンを押せば、くるくるっと皮がむかれ、芯もきれいに取り除かれ、何等分かに切り分けられて数秒で完了。
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それを自分でヨーグルトやケーキやタルト、かき氷などに乗せてその場で食べられる
Peeling CAFE!
(ピーリング・カフェ=皮むき喫茶…ビミョ~。だめか、このネーミング)

新鮮だし、自分で作った感もあって(ほぼボタン押すだけだけど)面白そう。

食品機械製造メーカーさん、今後そっちの方向も視野に入れて、
見た目も少しお洒落な食品機械、つくってみてはいかがでしょうか?

あんのでした。

ポケモンGOにハマった中高年をうろうろさせる、新しい仕掛け

もうあまり話題にのぼらなくなったけれど、去年の夏「ポケモンGO」が爆発的に流行った。
社会現象にもなったこのゲームは、VR技術とゲームを融合した斬新さや、海外でのブレイクも注目を集めたけれど、今までスマホでゲームをやらなかった中高年まで皆こぞって参加したのは、それだけが理由じゃない。

まず、ゲームが単純で簡単だったから。それも老若男女関係なく、一人でも、家族でも、友達同士でも楽しめたことが、あれだけ多くの層にリーチした基本的な要因。

そして中高年にとっては、子供の頃やった宝探しのような感覚の懐かしい楽しさと、
コレクション収集の喜びの両方があったこと、などだろうか。

私はそれ以外にも楽しみを見つけていた。
それは、日常の風景にちょっとした驚きと新鮮さをもたらしてくれたポケストップの存在。

ポケストップの場所の写真を見て初めて、近所やよく知っているはずの場所に、こんな壁画やオブジェや建物があったことを知る。
「え?こんなのあった?」そこに行ってみて「あ…本当だ、あった!」
なぜ今まで気づかなかった?という小さな驚きの連続は、ゲームだけでない楽しみも与えてくれた。

もちろんその時、ポケストップをクルクルッと回してアイテムゲットは忘れない。そう、ポケモン捕獲のみならず、ポケストップを回りながらボールやアイテムを着々とためていくのは、ポイントを貯めるのが好きなデフレーゼな大人(→私か。でも多分女性に多いと予想)にも響いたわけ。

そして、歩くことで健康増進につながるというのが、いい歳した大人が屋外で堂々とゲームにハマる正当性を後押ししてくれた。

子供たちはあっという間に飽きて他に移っていったけれど、むしろ大人の方がしつこく楽しんでいたのも、そんな背景があったからかもしれない。

ただ、流行るのが急だった分、廃れるのも早かった。
離脱理由について色々と専門的な分析もされたようだけれど、中高年的には多分もっと単純。

あるレベルまでいくと、結構頑張らないとなかなか次のレベルに上がれなくなってきて、そこまで気合い入れるほどの初期のような勢いはすでになく、そんな頃、夏も終わり秋風が冷たく感じる季節になっていた。長時間外をうろつくのも億劫になり自然とやらなくなった、といった単純な理由のような気がする。

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でもこの現象はマーケティング的な気づきもあった。
中高年も、うろうろする理由があれば、スマホ片手にうろうろする」のだと。

この層(特に女性)をうろうろさせるのに他にも良い場所がある。それは、

複合商業施設
(百貨店やショッピングセンター)

「健康のために歩きたいけれど、夏は暑いし日焼けも気になる。
冬は寒いし、洗面所に行きたいときにすぐ近くにないと困る。
脱水にならないように、のどを潤す場所もほしい。」

商業施設を、中高年のそんなわがままを叶える、うろうろ・歩くための場所とする。
そのついでに買い物や飲食をしてもらうという逆の考え方。

施設の広さ・規模は武器になる。

ある地点に近づけば自動でスマホクーポンや情報を送れる仕組みはすでにあるから、ショップ・商品・店内ディスプレイ・室内設備・店員など、様々なものをポケストップのようなチェックポイントにし、あちこち回るほど、お得になったりポイントがたまるなどの仕掛けを施設全体で行う。
(一部やってる店もあると思うけれど、共通の仕掛けを広大な施設全体で行うのがキモ)

小売業が得意の販促、日替わり品やタイムサービスのノウハウを活かし、ゲットできるデジタルアイテムも日時や曜日ごとに変えたり、

階段や屋上などにも多くチェックポイントを設け、歩数や階段数によってもポイントがたまれば、ポケモンGOと同じく「健康のために」毎日でも行く理由ができる。

アプリは施設の救護室ともつながっていて、心拍数などのアラートにより警備員が確認しにきてくれる。

歩数や経過時間から「そろそろお休みしましょう」と、施設内の飲食店に誘導、店ではたまったポイントも利用できる

何しろここなら雨も風も、暑い寒いも関係なく、車に轢かれる心配もない。

そんな商業施設があれば、暇があれば行っちゃいそう。

日頃の運動不足が気になって、歩きたい気持ちはあるけれど、スポーツジムに入会するほどの気合も時間もないし、ウォーキングもなかなか続かない、みたいな大勢の人で毎日賑わう、新たな中高年の聖地になるかもね。

あんのでした。

エスカレーターで、一段おきに乗らなくてはならない理由

通勤ラッシュ時、電車がホームに着くたびに大量の乗降客が一斉に移動する。
改札や乗り換えなどで、ホームからエスカレーターに乗るために並ぶ人で長蛇の列ができる。
高速道路の合流のように急にスペースが狭まるから、当然混雑してのろのろ行列になる。

人の多さでホーム上の少し先すら見えない。エスカレーターや階段のスタート位置もごく近づくまで正確にわからないから、ただその混雑の中に身をまかせるしかない。

エスカレーターの片側は歩く人用になっているのが、すでに既成事実。
電鉄会社や製造元メーカーは、エスカレーターは本来立ち止まって使用するようにできていて、危険だから歩くのはやめるように呼びかけているけれど、時間的にも気持ち的にも余裕がない朝のあの状況で、止まって並ぶことを強制するのはほぼ不可能に近い。

ところがもう片方の、立ち止まって乗っている側(本来の正しい乗り方)は、どんなに混んでいても皆、基本的に一段(ステップ)あけて乗っている
前の人が乗ったら段分見送って次の段に乗るので全員が一段おきになっている。

これでは、想定されている輸送能力を半減させているわけだから、こちらの列は当然、エスカレーターに乗るまでの時間がさらにかかり行列も長くなる。

それでもなぜ前をあけて乗るのか?

理由はいくつもある。まず、

段をあけず前の人のすぐ後ろに立てば感覚的にわかるけれど、目の前の視界は遮られるし、かなりの圧迫感を感じる。親しい人や家族ならともかく、全くの知らない人の真後ろでは自然とパーソナルスペースを取りたくなる。

それに、前の人がショルダーバッグやリュックや大きな荷物を持っている場合、周囲に気を配った持ち方をしてくれていないと、真後ろだと荷物が当たりそう

またこんなラッシュの中で何かあったら大変だ。
たとえば、エスカレーター到着地点(ホーム)がすでに大混雑でスペースがほとんどなかったような場合、もし段をあけていなかったら、身をかわす瞬間的な時間も逃げ場もなくてとても危険(実際こういうことは少なくない)。将棋倒しになる恐れもある。

だから皆、意識的にも無意識的にも、自然と1段づつあけて乗っているのだろう。

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逆にほとんど誰も乗っていないエスカレーターだったとして、今度は自分の真後ろに、スペースをあけずぴったりくっついて立たれたら、それはかなり緊張感と警戒心を呼び起こす。多くの女性は、それが知らない男性だったら少し怖いと感じるだろう。(空席だらけの車両で、周囲の席もあいているのに自分のすぐ隣に座られた時の感覚と同じ)
だからやはり1段はあけて乗ってほしい。

エスカレーターのステップの奥行って40cmぐらいなのだそうだけれど、そもそも
それって狭すぎるってことじゃないの?

エスカレーターの寸法は建築基準法の規定でしょうか?でもなぜ40cm?

もし、その1.5倍ぐらいの奥行があったら多少は解決しませんか?

そうすれば、そんな1段おきなどせずとも、普通に全段に人が乗っても、圧迫感も警戒心もおこらず、本来の輸送能力になって待ち行列も減るのではないだろうか。

全てのエスカレーターとはいわないけれど、危険を伴うような混雑が常態化しているような場所については、本気で考えてもらえませんか?

 

あんのでした。

電車でも街でも、リュックの新スタイル

通勤電車の、混雑ピークは過ぎたけれど、でもまだ少し混んでいる時間帯に、
小学校中学年ぐらいの子供たちの団体が乗り込んできた。

その瞬間目をひいたのが、全員、リュック(ディパック)を背中側ではなく、
体の前側に背負って(しょって)いた
光景だった。

おそらく混雑する電車の中で、回りの迷惑にならないよう配慮した学校の指導なのだろう。

遠足など皆で電車に乗るという非日常に、普通子供たちはハイテンションになって大騒ぎしたりするものだが、この子たちはそういうこともなく、公の場でのふるまいを日頃から教育されているのだろう。

「すばらしい学校だな。」と感心して見ていた。

一方で、どんなラッシュでも、いくら電車のアナウンスが協力を呼びかけていても、平気で大きなリュックを背負ったまま、回りの人に当たっている状況でもびくともせず、全く意に介さない人たち(スマホに夢中な中高生に多い気がする)が最近とても目につく。

いつも不思議に思う。

あの様子では、人に迷惑をかけているとはこれほども思っていないのだろうけれど、
そうでなくても人に当たる瞬間は自分にも衝撃があるだろうに。混雑の中でリュックも引っ張られ、そのたび自分の体も少し持っていかれる感じがするはずなのに、それが少しも気にならないのか不思議だ。
(何度もそういうことがあれば普通居心地悪くて、体勢を変えたりしそうなのに。)

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だから、この小学生たちのリュック前抱えがけ(何と表現すればよいのかわからない)に倣って、
大人もみんなそうすればいい!

背中は自分で見えないから、どう人の邪魔になっているかピンとこないけれど、前に抱えていればそんなこともないし、第一荷物にいつも目がいき届き安心

電車内で立ったり座ったりする際も、中の荷物を出し入れする際も、いちいちリュックを背負ったりおろしたりする必要もない

それに特に女性は、体の前に荷物があると、何となく守られているようで、無意識に安心できるような気がする。

たとえば、ラッシュで他人と向かい合わせになった時に自然に少し距離を保てるし、
(背中側よりも前側は少しパーソナルスペースを多めに確保したいのが人の本能)

つり革につかまった時も、前に座っている人に斜め下から見上げられる(別に見ていないだろうけれど気になる)視線も荷物で防げる。

ついでに、気になるお腹回りも隠せるし!

だったら電車だけでなく、街中でも流行らせてみる?

こうなると、やはり背負うリュックをそのまま流用するのではなく、最初から前抱え型という新たな商品として、それ専用のデザインをしたいところ。

普通のリュックの背中側は平らで硬めだけれど、それが自分の前側にあたるから、体の形状にフィットするよう、男女別の構造が必要。

重心が前にかかるから首や肩が凝らないように、また内臓を圧迫しないような工夫もいるだろうし、肩ひもの形状も背中用とは少し違うはず。

今は小学生たちを見た瞬間、あれ?と違和感を覚えたけれど、これが当たり前の風景になったら、電車内のトラブルもきっと減っているでしょう。

 

あんのでした。